「交流会」
今日は「まちづくりシンポジウム」がありました。
実は、シポジウム自体には、
バイトを入れてしまっていたので、
参加できませんでした。
本当に残念です。
しかし、その後の交流会には
参加することができました!
そこで気づいたことは、大学を一歩外にでたら、
僕らに共感してださる方々がとても多いことでした。
また、ある地方新聞社の方が
iPadを持っていたので
色んな機能を使わさせて頂きました。
例えば、iPadで見る雑誌や新聞。
活字と動画の融合はこれまでにない
メディアの魅力を感じることができました!
また、社会に隠れるマナーを
様々な方から教えて頂きました。
例えば、名刺交換や置き方。
どこのサイトを見れば学べるかなどなど。
とても勉強になりました。
同時に周りの人から
期待されていることを感じ、
それに必ずお答えしなければならないと感じました!
交流会後、
僕はシンポジウムが行われた場所に戻り、
ひとり白いタイルを見つめながら考えました。
まず僕に何ができるのか。
どう行動にでるべきか。
今日は「まちづくりシンポジウム」がありました。
実は、シポジウム自体には、
バイトを入れてしまっていたので、
参加できませんでした。
本当に残念です。
しかし、その後の交流会には
参加することができました!
そこで気づいたことは、大学を一歩外にでたら、
僕らに共感してださる方々がとても多いことでした。
また、ある地方新聞社の方が
iPadを持っていたので
色んな機能を使わさせて頂きました。
例えば、iPadで見る雑誌や新聞。
活字と動画の融合はこれまでにない
メディアの魅力を感じることができました!
また、社会に隠れるマナーを
様々な方から教えて頂きました。
例えば、名刺交換や置き方。
どこのサイトを見れば学べるかなどなど。
とても勉強になりました。
同時に周りの人から
期待されていることを感じ、
それに必ずお答えしなければならないと感じました!
交流会後、
僕はシンポジウムが行われた場所に戻り、
ひとり白いタイルを見つめながら考えました。
まず僕に何ができるのか。
どう行動にでるべきか。
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「歓喜と悔しさ」
深夜にも関わらず本田圭祐選手のゴールで
日本中が歓喜につつまれました。
もちろん、僕もその瞬間は喜びました。
だけど、その後すぐに、
とても悔しい気持ちがしました。
これまで大口をたたきながらも
地道に努力してきた彼が大舞台でまた結果を残したからです。
出来過ぎなくらいに。。。
僕のことを「fujiくん」と呼んでくれた高校の進路指導主任の先生は、
「どんな人でも大きな目標をたてることはできるけど、
そのために実際に行動することや結果を残すこととは別。」
とよくおっしゃっていました。
W杯前に岡田監督は目標を「ベスト4」とし、
本田選手は「頂点(=優勝)」と目標と言いメディアの批判の的となりました。
しかし、実際になれるかどうかは別として、今日の勝利は確かな結果として残りました。
きっと、見えないところでそれ相応の地道な努力があったのでしょうね。
だけど、今の僕には、僕がいまやっていることに対して
どう努力すれば、どれくらい努力をしたら、
彼らのように目に見える結果がいつ出せるのかがわかりません。
いつの間にか日本の勝利の喜びを忘れ、
僕は泣いてしまいました。
周りの人たちを見ていいなとよく思うのが、
同じ目標を持った仲間や理解してくれる人など
誰かがいつも側にいてくれることです。
存在だけでも気持ちはいくらか楽になるし、
話しを理解してくれる人がいればもう少し楽になれます。
いまの僕はそんな人たちとは対照的です。
時に僕はただ「異端」として扱われることもあります。
そうなると毎日、雨の中でもランニングしている意味も、
活動のために勉強している意味もなくなってしまう気がします。
どんなに頑張っても見えてくるのは課題ばかりで、
待てども待てどもいっこうに結果が見えません。
もちろん、すぐに出てくるものではないと分かっていますが....
膨大なフラストレーションが蓄積していることが自分でもわかります。
しかし、それにどう対処していいか分かりません。
今やっている活動について、様々な方が、もし僕ひとりになってしまったら
「潰れてしまうのではないか」とおっしゃってくれました。
僕はそう言うことはないと思っていたけれど、
とうとう限界がきたのではないかと。。。
時に辞めたいと思うこともあります。
そして、投げ出すのはとても簡単なことです。
あとどれくらいしたら、
僕に歓喜が訪れるのかなぁ....
誰よりも短く、誰よりも薄い、
僕の手にある生命線を見つめながら思いました。
こんなもので、
僕の運命を決められたらたまったもんじゃない。

深夜にも関わらず本田圭祐選手のゴールで
日本中が歓喜につつまれました。
もちろん、僕もその瞬間は喜びました。
だけど、その後すぐに、
とても悔しい気持ちがしました。
これまで大口をたたきながらも
地道に努力してきた彼が大舞台でまた結果を残したからです。
出来過ぎなくらいに。。。
僕のことを「fujiくん」と呼んでくれた高校の進路指導主任の先生は、
「どんな人でも大きな目標をたてることはできるけど、
そのために実際に行動することや結果を残すこととは別。」
とよくおっしゃっていました。
W杯前に岡田監督は目標を「ベスト4」とし、
本田選手は「頂点(=優勝)」と目標と言いメディアの批判の的となりました。
しかし、実際になれるかどうかは別として、今日の勝利は確かな結果として残りました。
きっと、見えないところでそれ相応の地道な努力があったのでしょうね。
だけど、今の僕には、僕がいまやっていることに対して
どう努力すれば、どれくらい努力をしたら、
彼らのように目に見える結果がいつ出せるのかがわかりません。
いつの間にか日本の勝利の喜びを忘れ、
僕は泣いてしまいました。
周りの人たちを見ていいなとよく思うのが、
同じ目標を持った仲間や理解してくれる人など
誰かがいつも側にいてくれることです。
存在だけでも気持ちはいくらか楽になるし、
話しを理解してくれる人がいればもう少し楽になれます。
いまの僕はそんな人たちとは対照的です。
時に僕はただ「異端」として扱われることもあります。
そうなると毎日、雨の中でもランニングしている意味も、
活動のために勉強している意味もなくなってしまう気がします。
どんなに頑張っても見えてくるのは課題ばかりで、
待てども待てどもいっこうに結果が見えません。
もちろん、すぐに出てくるものではないと分かっていますが....
膨大なフラストレーションが蓄積していることが自分でもわかります。
しかし、それにどう対処していいか分かりません。
今やっている活動について、様々な方が、もし僕ひとりになってしまったら
「潰れてしまうのではないか」とおっしゃってくれました。
僕はそう言うことはないと思っていたけれど、
とうとう限界がきたのではないかと。。。
時に辞めたいと思うこともあります。
そして、投げ出すのはとても簡単なことです。
あとどれくらいしたら、
僕に歓喜が訪れるのかなぁ....
誰よりも短く、誰よりも薄い、
僕の手にある生命線を見つめながら思いました。
こんなもので、
僕の運命を決められたらたまったもんじゃない。
「信頼関係」
いったい何を基準に「信頼関係が築けた」
って言えるのでしょうか?
いまとっても
そのことで悩んでいます...
僕は3ヶ月前から
自分の携わっている活動の代表を
務めさせて頂いています。
そして最近よく思うのですが、
どんなにコミュニケーションを取ることができても
やっぱり本当の信頼関係が気づけていないのではないかと...
たしかに考えてみれば、
上辺だけで、本当はいまの関係って希薄なのかも。。。
そのことは、組織の中だけでなく
友人関係や家族関係でも同じことが言えそうです。
でも、そうやって自分のなかで
信頼関係の基準を上げてしまうと
ある意味、自分は孤立してしまう...
今の僕は、まさにそんな感じです。
一人で何か作業をしていると
その気持ちが強くなります。
気にしなければそれでよいとは分かっていても、
時に勝手に人間不信に陥ってしまうのです。
もっともっと
人の手を誰かの助けを求めようと思っても、
それ以前に様々な障壁がありますし、
またそれを自分の心の内側でつくってしまいます。
もちろん、築こうとする努力はしているのですが...
なかなか上手くいきません。
そう言うセンスが
もともとないからかなぁ...
大きな課題ですね。
いったい何を基準に「信頼関係が築けた」
って言えるのでしょうか?
いまとっても
そのことで悩んでいます...
僕は3ヶ月前から
自分の携わっている活動の代表を
務めさせて頂いています。
そして最近よく思うのですが、
どんなにコミュニケーションを取ることができても
やっぱり本当の信頼関係が気づけていないのではないかと...
たしかに考えてみれば、
上辺だけで、本当はいまの関係って希薄なのかも。。。
そのことは、組織の中だけでなく
友人関係や家族関係でも同じことが言えそうです。
でも、そうやって自分のなかで
信頼関係の基準を上げてしまうと
ある意味、自分は孤立してしまう...
今の僕は、まさにそんな感じです。
一人で何か作業をしていると
その気持ちが強くなります。
気にしなければそれでよいとは分かっていても、
時に勝手に人間不信に陥ってしまうのです。
もっともっと
人の手を誰かの助けを求めようと思っても、
それ以前に様々な障壁がありますし、
またそれを自分の心の内側でつくってしまいます。
もちろん、築こうとする努力はしているのですが...
なかなか上手くいきません。
そう言うセンスが
もともとないからかなぁ...
大きな課題ですね。
「芽」
僕は植物を育てることが
とても好きです

祖母が畑仕事が趣味ということもあって
よくお手伝いをしたからなんでしょね
当時、3時間お手伝いをして
もらったおこずかいは500円
時々、小さなリンゴがなる苗や
ブルーベリーの苗を買ってきて無断で植えては
よく祖母を困らせていました
果実がすぐできるのかな
と思っていたあの当時。。。
食べられる実がなるまでは、
結局6,7年の歳月がかかりました
できたときは
本当に嬉しかったですね

そんな僕は小学生のころから
自分自身の状況をよく植物に例えてきました
でも、花や果実とかではなく昔から決まって
自分を植物の芽か雑草に例えてしまうんですよね
そしてなぜか場面設定がいつも
季節は冬、大雪の降る日
ところで、
先々週に蒔いたコスモスとひまわりの種が
いま順調に発芽し育ってくれています

昨年の冬から春にかけて植えていた
チューリップ用の土だったので
排水性がとても良く
上手く育つか心配していました

しっかりと毎日欠かさず
灌水したかいがありました
素敵な花を
咲かせてくれるといいですねぇ

僕は植物を育てることが
とても好きです


祖母が畑仕事が趣味ということもあって
よくお手伝いをしたからなんでしょね

当時、3時間お手伝いをして
もらったおこずかいは500円

時々、小さなリンゴがなる苗や
ブルーベリーの苗を買ってきて無断で植えては
よく祖母を困らせていました

果実がすぐできるのかな
と思っていたあの当時。。。
食べられる実がなるまでは、
結局6,7年の歳月がかかりました

できたときは
本当に嬉しかったですね


そんな僕は小学生のころから
自分自身の状況をよく植物に例えてきました

でも、花や果実とかではなく昔から決まって
自分を植物の芽か雑草に例えてしまうんですよね

そしてなぜか場面設定がいつも
季節は冬、大雪の降る日

ところで、
先々週に蒔いたコスモスとひまわりの種が
いま順調に発芽し育ってくれています

昨年の冬から春にかけて植えていた
チューリップ用の土だったので

排水性がとても良く
上手く育つか心配していました


しっかりと毎日欠かさず
灌水したかいがありました

素敵な花を
咲かせてくれるといいですねぇ


「風邪をひいて思い出したこと」
今日は、バイトが終わったあとに
玉屋ではじめてお買い物をしました
そうです
父の日のプレゼントを買って贈るためにです
30分くらいどれを贈るかで迷っていました
ところで、今日の僕は風邪をひいてしまって
本当は立っていられないくらいの状態が続います
バイトの昼休みのときにも他の人と話す気力がなかったから、
近くの公園のベンチで“葛根湯を飲んでいました...
そんな時、ふと幼い頃の
母の日のある出来事を思い出しました
ある母の日のとき、
僕は風邪をひいていました。
そんな中カーネーションをお店に買いに出かけようとして、
祖母から制止されましたが、それを振り切って出かけました。
しかし、案の定僕は、
店先でカーネーションを握ったまま倒れてしまったのです。
結局、逆にその日は母に心配と迷惑をかけてしまったのですね。
それから、僕は両親に
「心配や迷惑かけちゃいけないな」とよく思い
一人暮らしをしている今は特に、
風邪を引いて一人でもがいても、できるだけ助けは求めないようにしています。
でも、ひとりベッドで毛布にしがみつき寝込んで、
机の上に蓄積するやらなければならないことを見ると、
何だかちょっと悔しいです。。。
また、最近は高校生や留学生によく混ざって、
iスクエアビルというところで勉強したり
さまざまな準備をしています。
僕の周りで、友人らと共に頑張っている彼らの姿を見て、
とても羨ましいなという思いもよくします。
一人で強く生きなければいけないなと思いながらも、
誰かに頼りたいなぁという思いもあります。
だけど、病気なのにそれを認めないで、
普段通り頑張ろうとするのは、昔も今もかわらないなぁ...
今日は、バイトが終わったあとに
玉屋ではじめてお買い物をしました

そうです

父の日のプレゼントを買って贈るためにです

30分くらいどれを贈るかで迷っていました

ところで、今日の僕は風邪をひいてしまって
本当は立っていられないくらいの状態が続います

バイトの昼休みのときにも他の人と話す気力がなかったから、
近くの公園のベンチで“葛根湯を飲んでいました...
そんな時、ふと幼い頃の
母の日のある出来事を思い出しました

ある母の日のとき、
僕は風邪をひいていました。
そんな中カーネーションをお店に買いに出かけようとして、
祖母から制止されましたが、それを振り切って出かけました。
しかし、案の定僕は、
店先でカーネーションを握ったまま倒れてしまったのです。
結局、逆にその日は母に心配と迷惑をかけてしまったのですね。
それから、僕は両親に
「心配や迷惑かけちゃいけないな」とよく思い
一人暮らしをしている今は特に、
風邪を引いて一人でもがいても、できるだけ助けは求めないようにしています。
でも、ひとりベッドで毛布にしがみつき寝込んで、
机の上に蓄積するやらなければならないことを見ると、
何だかちょっと悔しいです。。。
また、最近は高校生や留学生によく混ざって、
iスクエアビルというところで勉強したり
さまざまな準備をしています。
僕の周りで、友人らと共に頑張っている彼らの姿を見て、
とても羨ましいなという思いもよくします。
一人で強く生きなければいけないなと思いながらも、
誰かに頼りたいなぁという思いもあります。
だけど、病気なのにそれを認めないで、
普段通り頑張ろうとするのは、昔も今もかわらないなぁ...
